2006-10-29

ディープインパクト

高校に入ったばかりの1年生の1学期終わりに、母親の再婚で北海道へ転校することになりました。実業高校の転校手続きは非常に珍しく、また普通高校よりも面倒だったようで、大変ご苦労いただいた担任の青山恵子先生には今でも感謝しています。中学のうちに再婚してくれれば、みんながこんなに苦労しなかったのに…、と怪訝に思います。当時、母子手当ては中学卒業と同時に終了しました。そしてさっさか自分だけ先に継父のいた北海道へ飛び、諸々煩雑な事は先生方と私の祖母にのしかかってきたわけです。やれやれ、さすがです。(苦笑)

私が追いかけて飛んだ先は千歳空港ですが、到着して、あれ?誰もいない…。迎えの車が遅れて着くまでの、あの千歳のすすき野原の光景は忘れられません。なーんにもなくて、だーれもいなくて、だだっ広くて、妙な開放感、思えば遠くへ来たもんだ!の自由さを、幸福と感じました。北海道の夏の終わり…、8月中旬ぐらいだったでしょうか。涼しく軽い風に揺れるすすき、やはり北の秋は早く訪れていたのですね。
千歳空港から、競走馬の生産地である日高へ向かいました。継父が所長として勤務していた牧場の事務所一部が我が家でした。日高門別、厚賀駅が最寄で、無人の小さな古い駅です。

当時、日本一の広さと馬数を誇るその牧場は、海岸からグンと高く上がった所に君臨していました。ジープでも難しいような獣道を車でジグザグに上ると、広大な牧草地があります。でも、ちゃんと見えたのは翌朝です。 故郷の高田から信越線で上野に着いて、叔母に付き添ってもらい羽田へ、私のファーストフライトは千歳へ、くたびれ呆けて車酔いしながら日高へ、やっと着いた時はもう夜になっていましたから。ふらふらしながら車を降りた時のひんやり感と香りの体感は今でも甦ります。千歳よりも更に温度が低く、車のフロントガラスも夜露が降りていました。牧草と北の海の香りがしました。ぼんやり見えた風景、大切な競走馬は小屋にいますので、あの動物の影は牛だったのでしょう。秋の虫の音ももう聞こえていたと思います。「さぁ、入って。」と言う、決して愛想が良いわけではない継父の声も、聞き慣れていない私にとっては印象的な音でした。

翌朝の4時には馬の足音が聞こえてきました。牧童さんたちが、鞍無しで乗って走らせていました。5時には朝食の準備、早々の朝ご飯、そのうちどやどやと牧夫さんたちが事務所に集まってきました。とても不思議な感覚で、北海道で初めて迎えた朝早くに、早速、玄関を出てみました。雲っていたと思います。少しブルっと寒かったです。まるで異国にでも来てしまったような空気を感じながら、目の前に広がる光景は、「日本にもこんな所があるんだなぁ…」と、故郷を一歩も出ないで育った私を少し驚かせました。 当然ですが、馬がいました。普通の馬ではなく、私なんかよりもずっと価値ある高値の競走馬たちです。大きくて、足がスンナリと長くて、綺麗な目をしていました。でも、とても神経質なので、普通乗用車のエンジン音ぐらいでも怯えた目に変わり、後ろ足は即座に凶器と化します。

当時、日本の競馬はもう終わりだ…という風潮がありました。あれから30年以上経て、巷ではちょっと前までディープインパクトの話題で持ちきりでした。一見、華やかな世界です。一等になった時の競走馬も、その時ばかりは鼻高々な雰囲気です。でも、故障、致命傷の骨折、今回のようなドーピング疑惑、そして引退、競走馬が競走馬で無くなる時がいつかやって来ます。競走馬から生まれ、競走馬になるために育てられますが、デビューのゲートイン直前まではまだ強い競走馬とは認められない、単なる馬でしかありません。ゴールすればもう単なる馬ですらも許されない、強くない競走馬になるのが殆どです。大きな怪我は粗大ゴミにもなりうる悲劇と不幸です。抜きん出て強くなるためのトレーニングは極めて過酷です。難無くゲートインさせ、タイミング素早くスタートさせることにさえも、人も馬も辛い日々を強いられます。
これからディープの子たちもサラブレッドの宿命を背負って生まれてきますが、全てが強くなるとは限りません。競走馬たちは引退が決まっても、自ら命を絶てるのではなく、今度は膨大な回数の種付という壮絶なお仕事に臨み、次の命につなげます。当分まだディープ騒動は続きそうですが、古巣の故郷で、懐かしい風と香りに包まれる、あの時をまた静かに感じて欲しいなぁ…、と願っています。

Fast Runner - Photo by Kunio - July 22, 2006

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

えっと…
北海道、競馬、牧場…と言えば、私に思い浮かぶのはこれっきゃない!
ゆうきまさみの「じゃじゃ馬グルーミンUP」、ラブコメと動物まんがの合体ですが、取材が良いのでしょうか、とてもリアルで楽しめました。この後の動物マンがだと、「ワイルドライフ」ですね。女の子たちはとても可愛いんだけど(aux tetons enormes, aux yeux vifs)ラブコメにはなりそうでならないような…
じゃじゃ馬にはファンが多いようで、関連サイトも今でもたくさんあるようです。